今日は定休日
考えた末
三男の初遠征も
見たかったけど
久しぶりに
ほんとに久しぶりに
兄2人の野球が見れた
カテゴリーは違っても
野球をやる息子たちの姿を見るのは
ホントに楽しい!
いいもの見せてもらって
身に応える寒さでしたが
出かけた甲斐がありました。
毎回出るたびに
転売ヤーに狩られまくり
なかなか手に入らない
なんとヨメ様が見つけて買って来てくれた

昨日は小学校最後の授業参観
父と母に手紙をもらった。
中身を要約すると
これまでサポートありがとう
中学でも野球がんばります。
ちょうどクラブチームの
野球用品一式が出来上がってきた。
80を超えた母はにもう
物をあげるのはやめて
近年はウチのお店にご招待して
カットにパーマにシェービングにエステ
僕と嫁さま2人がかりのフルコースで
きれいになって
元気になってもらうのがプレゼント。
母はまだ
50を過ぎた息子のこと
その奥さんのこと
孫たちのこと
それこそずっと
ウチの家族を気にかけてくれてる。
夫婦仲がいいのはもちろん
両親にまでいつも気にかけてくれて
ほんとにありがとう。
家族仲良く
全員元気でいること
幸せに暮らしてる姿を見せて
安心してもらうこと
まだまだ心配かけちゃってるけど
出来る親孝行なのかなとも思う。
古いんだけどこれ
まだまだ使えるのよ
そう笑う母を見て
そう思った
2月12日
生まれてくれてありがとう。
先日参加した卒団式は
父兄みんなが君たちの門出を祝おうと
企画して開催してくれたもの。
君は卒団したのではなく
卒団式を計画してもらい
参加させてもらった
ってことをくれぐれも忘れないように
ちょっと体調崩した次男には
健康第一と勉強とその他のメリハリを
つけるのは自分だよと。
自分の感情と行動のコントロールに
挑んで欲しい。
長男は月曜日からは自由登校。
3年間あまり休まず
毎日自転車でよく通ったがんばった
残り少ない家での生活
出発までの時間を大切に
準備をすすめるように
そしてヨメ様には
3年間お弁当作りお疲れ様でした。
正直あなたが毎朝早起きして
毎日お弁当持たせることなんて
絶対に無理だと思っていた。
朝1番電車6:32に間に合うよう
弁当を作り持たせて
夜中帰って来た長男に夕飯食べさせる
少し前は長男次男三男
各々高校中学学童野球をやり
それぞれ送迎とお弁当と仕事
その協力のおかげ
お母さんの協力があったからこそ
野球が出来た
野球をやらせてもらったってことを
忘れちゃいけないよ
中でも大号泣した空島に感化して
それからは
家から行ってきまーす!
と出かける時は
【シャン・ドラ・の・火を・灯せ!】
とグータッチして送り出すのが
僕と3人の息子との
毎朝恒例の儀式になった。
父はここでシャンドラの火を
灯し続け待ってるから
息子たちはそれを灯台の目印として
ちゃんと帰ってくるんだよ
そんな意味合いで始めた儀式も
10年以上経った今日
長男の最後の登校日でした。
現役時代に比べ
だいぶサイズダウンはしたものの
やっぱり欲しい食べ応え
朝寝坊で決まった時間に
起きられない彼女の
毎朝5時起き生活が始まった
その他オニギリにパンに
補食どっさり持たせて
ほぼ毎日3年間休みなし
それを感じたのか長男も
どんなデカ弁持たされても
必ず完食して帰って来た
彼もこの先の人生で
きっと深く感じる時が
来るのだろう
とにかく嫁様には
よくがんばったなぁと
褒めてあげたい。
三兄弟の中で1番早く野球を始め
仲間に恵まれ指導者に恵まれ
保護者に恵まれ
あっぱれな学童野球だったと思います。
下の学年の子達から
寄せ書きのプレゼントいただきました。
我が家にとっては
1番チビ介の赤ちゃんキャラですが
下の学年の子達からは
憧れてもらえる存在だったのたなあと
一年一年の成長に
涙腺崩壊の卒団式でした!
大変お世話になりました!
ありがとう
天童南部小リトルファイターズ
この心の揺れ
包み隠さず書き記しておきたいと思う。
分かりきってはいたことだけど
残り日数を数字で見せつけられると
なんだか余命宣告を
受けたような気持ちになる。
男なら18で家を出ること!
それまでに生きる力を身につけること
そう小さな頃から言い聞かせた
親に頼らず自立すること
人様の役に立って貢献すること
親がいなくなっても
世間から可愛がられるように
そう思って目指した子育ては
ある意味望む通りに
長男の自立と自活を促した。
もう意思決定や
行動の決定に関してのみならず
経済的さえも自立していく
立派な大人の仲間入り
喪失感や寂しさと
これから向き合い
慣れていかなければ
きっと自分が東京へ行く時も
父も母もこんな気持ちだったんだろうな