のり坊日記
2015年05月28日
今日は僕の誕生日。
朝からたくさんの
お祝いのメッセージと
コメントを頂き、
ありがとうございます。
誕生日は毎年、
自分をこの世に生んでくれた母親に
『生んでくれてありがとう』
の言葉と一緒に足を洗わせてもらうことにしています。
そして手書きのメッセージを渡しました。
今の自分を成り立たせてくださっている
父親母親をはじめとする
ご先祖さまに感謝。
今自分を一番近くで支え、
力をくれる家族たちに感謝。
自分が生まれてきたことを
祝福してくれる、
深いご縁でつながったみなさまに
心から感謝しています!
そして今日、
僕の母親が41年前に書き記した
【のり坊日記】なるノートを
開いてみました。
自分が生まれて一週間、
こんな風に生まれ
こんな眼差しで見つめられ、
愛されて、望まれて
生まれて来たのだと
改めて思い知らされました。
そんな母親の思いに触れ
なんとも言えない
幸せな気持ちに満ちた一日でした。
チョット長いのですが、
僕の原点『41年前の今日』が
書かれていました。
【のり坊日記】
五月二十八日 火 晴
午前五時五十三分、
元気な男の子誕生!!
生まれると同時に
「元気な男の子ですよ!!」
と言われて
今までの苦しさも忘れて
「どうもありがとうございました、
ありがとうございました!」
と涙が出て来るのを止められず
お礼を言う。
男の子。
待ち望んだ男の子。
とても元気な泣き声の男の子。
体重3,300グラム 身長51センチと
お姉ちゃんと同じくらいの
赤ちゃんだなァと思った。
お風呂に入れてもらってから
「はい、赤ちゃんですよ!!」
と見せてもらったら
お姉ちゃんとそっくりな
男の子だった。
一姫二太郎夢の様だ。
思えば・・・
1時半からお腹が痛み出し
がまんしていたが
お産が始まるとはっきり分かると
3時半過ぎ、四時近くだろうか。
外は夜が明けていた。
病院の車を迎えに来てもらって
「お母さん、お母さん!!」
と泣すがるお姉ちゃんを置いて
入院する。
お父さんは湯野浜に総代会の旅行で
留守だった。
お姉ちゃんの時よりお産は軽かった。
二度目なので私も
わきまえていましたし。
川原子のばあちゃんが
「鼻が高くていい男の子だね」
と言う。
私はなる程と思った。
私はお産の疲れで目が開けておれず
目をつむりがちだが
時々息子をみては
うれしさがこみ上げてくる。
家のばあちゃんは
「寅年生まれの二十八日生まれ、
お不動様の日」
で自分と生まれ日が同じだと
大喜びだった。
お父さんは午後2時近くに来たが、
子供をみてニヤニヤと喜んでいる。
この子は温和しく
泣き方も優しく
女の子みたいな泣き方だった。
泣いておむつを取り替えてもらって
寝て、
また
泣いてはおむつを取り替えてもらって、
また寝て・・・
とてもおとなしく
何ものまずに1日半過ごす。
二日目の夕方湯冷ましを飲ませる。
三日目から授乳を始める。
なかなか飲ませられないし
飲みにくく苦労する。
おっぱいだけがどんどんはってくる。
体重も1日と130グラムも増えて、
大きくなる子供だなぁと褒められた。
おっぱい飲みがへたで
母子で苦労する。
乳首が小さく、
くわえられないようだった。
あせってくるし、
どうしようもなかった。
あふれるおっぱいを飲んでは
疲れて寝てしまって可哀想。
哺乳瓶にしぼって飲ませると
上手に飲むのに・・・。
私のおっぱいが悪いのだろうか。。。
お姉ちゃんは上手に飲んでたのに・・・と悩んだ。
四日目の晩、泣いて寝ずに
困ってしまった。
おっぱいを飲ませても飲もうとせず、抱いても泣き止まず
夜中に看護婦さんに来てもらった。
最も、来る前に廊下に出たら
寝たのだったが・・・。
この子は生まれた日から
大きな目を見開いていた。
お風呂に入れてもらっては看護婦さんにおしっこをひっかけたり
おっぱいを飲むようになってからは
ほとんど泣かない子だった。
お医者さんと看護婦さんに催促されて
姓名判断により「規雄」と
名付けらた。
一週間位でおっぱいを
上手に飲むようになった。
おっぱいが吸われる
うれしさ、幸せは
母親だけしか分からないだろうネ。
「鼻が高く目が大きくていい男の子だね」
評判がいい。
お姉ちゃんは大喜びです。
可愛くって仕方がないらしい。
よかったね。のり坊。
【のり坊日記】vol.1より
お母さん
僕を生んでくれて
ありがとう。
今とっても幸せです。
PS:子ども達からはビールに
「だいすき」のコメント。
プレゼントの中で正直これが一番嬉しい。