理髪館いとう

出会いに感謝

天童市の小さなあたたかい床屋さん

心のごみバケツ

2012年4月30日

今日は月末ですのでR子さんにお給料、

T子さんに生活費、そして月に一度のメッセージを渡します。

今月はこんな話です。

【こころのごみバケツ】

2012・4・30

元Yahoo!のクレーム担当者、デイヴィッド・J・ポーレイ氏が

心に響くこんな言葉を残しています。

 

 

その日、僕はタクシーでグランド・セントラル駅に向かっていた。

すると、道路脇の駐車場からいきなり黒い車が飛び出し、

僕の乗ったタクシーの前に強引に割り込んできました。

 

驚いた運転手さんが急ブレーキをかけたため、タクシーはスリップし、

前の車まであと数センチのところでかろうじて停止しました。

 

いきなり割り込むなんて信じられない!

でもその後、さらに信じられないことが起こりました。

黒い車を運転していた男(つまり危うく事故を起こすところだった張本人)が、

こちらに向かって、大声で怒鳴りだしたのです。

 

いったい、どういう思考回路をしているんだろう?

 

さらに驚いたことに、被害者であるタクシーの運転手さんは、

男の行動にいら立つ様子も見せません。

 

それどころかにっこりとほほ笑みかけ、

手を振ってその場を去ったのです。

 

これって、なんかの宗教なのか?

いぶかりながら僕はたずねました。

 

「運転手さん、あんなやつによくもそんな態度がとれますね。

あいつのせいで僕らは死んでいたかもしれないのに」

 

この運転手さんの返答が、

僕が今、「ごみバケツ」の法則と呼んでいるものの原型となりました。

 

彼はこう言ったのです。

「お客さん、こういう仕事をしているとね、

ああいう『ごみバケツ』みたいな人に

しょっちゅう会うんですよ。

 

彼らの心の中は、

不満、やり場のない怒り、落胆といった

感情の『ごみ』でいっぱいなんです。

 

『ごみ』がたまって心のバケツから溢れそうになると、

今度は捨てる場所を探す。

 

その時、お客さんがそばにいれば、

お客さんに『ごみ』を投げ捨てる。

 

相手はお客さんでなくてもいい、

捨てさせてくれれば誰でもいいんです。

 

だからね、『なんで自分がこんな目に!』なんて思う必要はありません。

 

ただ、にっこり笑い、手を振ってやり過ごし、

幸運の一つでも祈ってやればいいんです」

 

※『あなたの心の「ごみバケツ」を空にする本』より

 

人は真面目であればある程、いい人であればある程、

人の評判や批判を気にする。

何かちょっと避難されただけで落ち込んでしまう。

 

怒ったり、非難したり、罵倒(ばとう)したりする、

いわゆる悪のパワーが強い人は、往々にして、

善人をへこませ、圧倒する。

 

悪のパワーに対処するには、相手の倍のパワーで立ち向かうことも

時には必要だが、多くの場合は、

関わらずに「やりすごす」ことの方がうまくいく。

 

もし誰かに攻撃された時、

それが自分への非難ではなく、

『「ごみバケツ」が満杯でただそのはけ口にされた』とおもったら、

笑って「やりすごす」ことだ。

 

菜根譚(さいこんたん)の中にこんな言葉がある。

 

風来疎竹

(風そちくにくる)

風過而竹不留声

(風すぎて竹に声を留めず)

 

風が吹いて竹林がざわざわと音を立てる。

しかし、風が通り過ぎた時には、

竹林には何の音も残っていない。

 

誰かの非難や怒りという「ごみバケツ」を・・・

竹林のたとえのように

笑ってやり過ごせる人でありたいと思う。

言葉が人生を創る

2012年3月31日

今日は月末ですのでR子さんにお給料と

T子さんに生活費、そしてお手紙を渡します。

今月はこんな話です。

言葉が人生を創る

2012・3・31

関西のとあるハンバーガーショップでのお話。

その日は結構混んでいて、三つのレジに列ができていました。

バイトの女の子が

「店内でお召し上がりですか?お持ち帰りですか?」

とお客様に聞いています。

どこのハンバーガーショップでも見られる光景です。

 

何を食べようかなと考えながらその列の3番目に並んでいると、

何やら前の方が騒がしい事に気がつきました。

 

一番前の男性の声が怒鳴り声になったからでした。

 

どうも注文した商品の一つを入れ忘れたようでした。

 

男性は

「なにしとんねん!トロいんじゃ!お前!もうエエわ!」

と怒りをあらわにし、

商品が入った紙袋を奪い取るようにして店を出て行きました。

 

その後ろ姿に向かって、バイトの女の子は

「申し訳ありませんでした。済みませんでした。」

と何度も頭を下げていました。

一瞬にして店内の空気が刺々しくなりました。

 

2番目に並んでいたのは70歳くらいのおじいちゃんでした。

バイトの女の子は、今にも泣きそうな顔でしたが、

無理やり作った笑顔で

「店内でお召し上がりですか?お持ち帰りですか?」と、

何事もなかったように接客をしました。

 

おじいちゃんは静かな声で言いました。

 

 

お嬢ちゃん、エラいなぁ。

 世の中にはさっきの人みたいに

 自分の思い通りにならんかったら

 怒鳴り散らす人がいる。

 

 あの人もなんか急いどったんやろう。

 あんなことを言われて

 あんたの心はズタズタのはずや。

 にもかかわらず次に並んどるわしに

 笑顔で接客してくれた。

 わしにはあんたくらいの孫がおる。

 あんたの笑顔を見て、

 その孫を思い出した。

 これから孫に連絡を取ろうと思う。

 いや、ありがとう。あ、コーヒーを一杯。」

 

 

その言葉を聞いた途端、

堰を切ったようにバイトの女の子の目から涙があふれ出し、

ワンワン声をあげて泣き出しました。

しばらく涙が止まりませんでした。

そこへ隣のレジに並んでいた中年の女性が声を掛けました。

 

「あんた、本当にいい仕事してるわよ。」

 

刺々しかった雰囲気が一瞬で和らぎました。

 

言葉なんだなぁとおもいました。

 

何の関係のない間柄でも、

たった一言で、

一生忘れられない人になる。

 

言葉には、言語としてだけではない、

何かすごい力があるんだと思う。

 

そんな言葉を発する人になりたいものです。

合コン必勝法

2012年2月29日

今日は月の終わりですので

R子さんのお給料、T子さんに生活費を

そしていつものメッセージを渡します。

今月はこんな話です。

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【合コン必勝法】

2012・2・29

先日、NHKで結婚できない若者をクローズアップし、密着した婚活番組がありました。

そこには結婚したいとは思っていても一歩踏み出すことができずにいる

20代~40代までの男性数名が

 

「どうやって女性と話をしたらいいのか」

「どうやったらモテるのか」と悩んでいました。

 

そこへ婚活アドバイザーからのアドバイスを頂き、

結婚への一歩を踏み出そうというもの。

 

その中で僕が一番印象に残ったのは

27歳のA君とアドバイザーのやり取りでした。

 

奥手なA君は、素直でとても真面目。

自分の世界をしっかり持っている好青年。

 

しかし、女性を目の前にしたとたん緊張し、しゃべれなくなってしまいます。

本人も合コンに参加しても、どうも乗り切れない、

浮いている自分を感じているようでした。

 

インタビューの後に実際に合コンに参加したA君は、

みんなと一緒になって笑ったり、会話をしてはいるのだけれど、

どうも落ち着きなくそわそわし、会話が続きません。

 

結局この日の合コンは、気になる女性はいたものの、

その女性は他の男性とのおしゃべりに夢中になり、ずっと背中を向けたまま。

そして彼は一人で周りに合わせて愛想笑いをしながら、料理を食べ続けた・・・。

 

その後A君は、

「僕が合コンで浮いてしまうのは、僕の会話が面白くないからだ。

会話のネタとトーク技術を身に付け、

女の子を楽しませることができるようにならなくては。」

と考えていました。

 

しかし、その様子を

一部始終テレビカメラを通して見ていた婚活アドバイザーの見解はこうでした。

 

Aさんは話をする時、聞く時に、

 人の目を見ていない。

 

 話かけてもすぐに会話が途切れてしまうのは、

 恥ずかしいからと言って人の話を、

 目をそらして聞いているから なのです。

 

 女の子が折角話かけても、どこか見て返事しているから、

 相手はAさんが話を聞いてくれているのかわからないし、

 その段階で、自分の話や、自分のことに

 この人は興味ないんだな と受け取ってしまっています。

 

 【聴く】と言う字は【耳】に【+(プラス)】【目】で

  初めて【心】が通うのです。

  耳だけでなく、目で相手の話を聞いてください。

 

  Aさん、あなたは会話のネタを仕入れたり、

  テクニックを磨く前に、

  目の前の人の話をきちんと【目】で

  受け止めてあげてください。」

 

会話が苦手だ、間が持たないと言う人は

得てしてコミュニケーションの取り方に問題があります。

コミュニケーションの基本は相手の話を【聴く】ことです。

 

まずは相手の言葉を【受け止める】というサインを

【目】で出せるかどうかが大切です。

 

これはテクニックではなく、

相手を受け入れる【心】の問題なのです。

 

 

話の聴き方一つから、人は相手をこれだけ判断しているのです。

自分が話することばかりに気を取られて、

人の話をきちんと【目を見て】聴くことができずに

損をしている人は実に多いのです。

 

自分に興味を持ってるなと受け取ってもらえる・人に好かれる

聴き方のポイントは3つ。

 

体の正面を相手に向ける

きちんと目を見て話を聞く

相づちを打ちながらうなずく

以上の③点を心がけ実行すると、

同性異性、仕事の上でも人間関係がうまくいくのです。

 

向き合う時間

2012年2月1日

今日は月末ですのでR子さんとT子さんに

お給料と生活費、そしてお手紙を渡します。

今月はこんな話です。

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「向き合う時間」     

 2012・1・31

「教育現場の実情」について特集をしていた番組がありました。

その中で、学校の先生の休憩時間は平均8分である。という結果が出ていました。

確かに先生は忙しい。休み時間に問題を起こす生徒もるし、

そこへ走っていかないといけない場合もたくさんあります。

 

しかし、平均休憩時間8分間って本当だと思いますか?

 

例えば先生の中でもたばこを吸う人いますよね?

だいたい一本吸うと3分かかるんですが、3本吸ったら9分です。

中学校・高校になると自分の担当の教科を担当するわけですが、

当然空き時間というものがあります。

 

たしかに空き時間にこなす雑務もありますが、

しかしその先生は、

トイレに行く時間さえ満足にとれない状態で、

子どもと向き合う時間なんて取れるわけがないと言っていました。

 

その模様を見せて、街頭インタビューを行ったところ、

「先生忙しくってかわいそうだ」

「先生は大変だ」

という意見が多かったのですが、

僕はそう思いませんでした。

 

子どもと向き合う時間がないなどと言っている教師は、

とっとと教壇を去った方がいいと思います。

 

国民と向き合う時間がないという国会議員は国会を去った方がいい。

 

子どもと向き合う時間がない、

取れなんていうのは本質を見失っています。

 

朝子どもが登校してきて、授業をしている時間は

ずっと子どもと向き合っているわけですよね?

 

子どもと向き合う時間より、パソコンと向き合う時間が長いなんて言う先生は、

授業を自習にして職員室でパソコンで授業のための資料を作っているということです。

 

これでは何の為の準備なのかわかりません。

 

そもそも、子どもが登校して来て、下校するまでの間は、

野球で言ったら試合中です。

 

雑務や資料作りが忙しくて、

子どもと向き合う時間がないって言うけれど、

 

どこのプロ野球選手が

マウンドの上でグラブを磨いていますか?

 

どこのバッターが

バッターボックスでウエイトトレーニングしていますか?

 

そりゃあやらないといけないこと、大変なことがたくさんあります。

しかし、

【子どもと向き合うのが教師の仕事である】

という前提をしっかりとした上で、

「ここ」まで到達するために、

この部分(準備)をしっかりとやろうというのが本来のあるべき姿であると考えます。

 

グランドをならしたり、グラブを磨いたり、は大切なことですが、

最も大切なのは

バットを持ってバッターボックスに立っている

「今」そのボールに向き合うことなのです。

 

その他の雑務をするために、

お客様と向き合っている時間が減ってしまうのは、本末転倒です。

 

僕たちの仕事はお客様に向き合い、喜ばせるということ。

そのために全力を尽くし、考え付く限りのあらゆることをする。

これが大前提です。

 

営業時間と言うのが子どもたちが登校して来ている時間。

お客様がご来店になっている時が試合中。

そして、お客様に接している時間こそが、

バッターボックスに立っている時間なのです。

 

バットを振れるのはあなただけです。

ヒットを打ったり打たなかったりも、あなたの行動次第です。

打率を上げたければ、コツコツと素振りをし、練習を重ねるしかありません。

 

その結果、あなたのヒットが、

チームの成績を大きく左右するということになっているのです。

 

「大前提をしっかりと認識し、

目的に達するための準備、後始末をしっかりとする。」

 

この順序を間違えず、しっかりと取り組んでいきましょう。

真剣にお客様に向き合った結果は,

必ずあなたに返ってきます。

人生における問い

2012年1月5日

毎月のお給料とともに僕からのお手紙をR子さんとT子さんに渡すのも

今年も今日で最後。

2011年を締めくくるのはこんなお話です。

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「人生における問い」     

2011・12・31

3歳で右目を、9歳で左目を失明。

18歳で聴力も失い、全盲ろうになった福島智氏のお話をご紹介します。

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私が思うに「修業」というのは、

何らかの苦悩を伴いながら

自分を高みに連れていこうとする営みのこと。

ビジネスでも、

学問でも、

お寺の勤行なんかでもそうかもしれない。

しんどいことはしんどいけれど、

そのしんどいことを通して別の喜び、

別の景色が見えてくるということだと思います。

私自身は障害を持ったほうがよかった、

などと単純には言いません。

ただ、たまたま障害を持つという運命を与えられたことによって、

自分自身の人生について、

また障害を持つとは何なのか、

完全でない人間が存在するとはどういう意味なのか、

といったことを考えるきっかけを得ました。

誰かに質問されなくても、

絶えずそのことは心のどこかで考えていることになりますので。

そういう人生における「問い」が私の心の中に刻まれたという点で、

自分にとってはプラスだったなと受け止めているんです。

完全な答えが出ることはないでしょうが、

重要なことは、

問いがあって、

その問いについて考え続けることだと思います。

その部分的な答えとしては、

おそらく人間の価値は

「具体的に何をするか」

で決まるということ。

何をするかとは、

何を話し、

何を行うか、

すなわち言動ですね。

私が盲ろう者になって指点字の通訳が始まりつつある時に、

ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を読んだんです。

その作品の中で、ある貴婦人が

「私は人類愛がとても強いのですが、

来世を信じることができません」

と悩みを打ち明ける。

それに対して長老は

「実行的な愛を積むことです。

  自分の身近な人たちを、

  飽くことなく、

  行動によって愛するよう努めてごらんなさい。

  ただし実行的な愛は空想の愛に比べて、

  怖くなるほど峻烈なものですよ」

と諭すんですが、私もそのとおりだなと思いました。

人間は博愛主義者にはすぐになれるんです。

「全人類のために」という言葉は誰にでも言うことができる。

だけどすぐそばにいる人の困っていることに対しては、

案外冷淡になるんですよね。

だからこそイエスは

「汝の隣人を愛せ」

と言われたのではないかと思うんです。

      (略)

医師も看護師も、その他様々な職業に就いている人たちも、

問われているのは世界中の人々に対してどうこうではなく、

具体的な他者に対して何ができるかということです。

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今年も一年、元気に働いてくれてありがとうございます。

宇宙で一番の神業

2011年11月30日

今日は30日。

一緒にお手紙も渡します。今月はこんな話です。月末ですのでT子さんに生活費、R子さんにお給料を渡す日です。

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宇宙で一番の神業

2011・11・30

小さな子どもを見ていて思うのは、

どんなに小さくても、人間には母性があるということです。

お人形さんにミルクをあげたりする遊びや、

小さな動物を飼って餌をあげたりする行為や、

お父さんこれあげる~。と僕にお菓子をくれたり。

私たち人間はすでに母性=神性をもって生まれています。

しかしそれと同時に、我良し=自我も持っています。

 

私たちの人生は「母性を育て自我を薄くする体験」の旅です。

生活のために現実世界で労働するということは、

母性を育て、自我を薄くする、宇宙で最も効果的な洗濯板です。ゴシゴシ。

 

甘やかされて育つと、我良しだけ育つようです。

自我にとっては心地よい環境かもしれませんが、

本人の魂の旅の目的という視点では大きな遠回りです。

 

生まれたときからお坊っちゃまと周囲にかしづかれてしまうと、

悲しいかな、自我が際限なく膨らんでいくのでしょう。

同族経営が3代目で会社を潰すといわれるのは、

3代目の人生で自我を薄くするきっかけが与えられないで育ったからです。

しかし自我が増長するのは、大資産家の家庭だけではありません。

 

先日NHKのクローズアップ現代で、現代型うつ病について放送していました。

会社で上司やお客様さんに怒られると、

仕事がやる気にならなくなり会社に来れなくなってしまうのです。

一般的なうつ病だと何もする気にならず家に篭りがちですが、

現代型うつ病は仕事以外は普通に活動できるのです。

友人たちと飲みに行ったり旅行に行ったりします。

会社にだけ行けないのです。

一般的なうつ病だと自分を責めてしまいます。

しかし、現代型うつ病は他人を責めます。

上司が悪い。

お客が悪い。

同僚が悪い、と。

甘えん坊症候群という名前の方が合っていると思います。

 

現代型うつ病の原因は、その人の幼少期の対人関係とされます。

依存心が大きいまま社会に出るとなりやすいといいます。

人間関係のトラブルを自力で解決できた体験が少ないとなりやすいといいます。

 

番組では同じ患者さんたちが集まって、

グループでお互い話し合うことが効果があると述べていました。

人間関係の経験が少ないのが原因だっただからです。

 

これら二つの話を聞いて思うのは、自我を薄くする体験というのは、

本人にはショックなことであろうということです。

友人に誤解されたり、

友人と仲違いしたり、

上司やお客さんに怒られたり。

しかしそれらの体験を克服して、

何とか生きようとすることで自我を薄くすることができるのです。

そういった体験を通して、

ああ、相手にも相手の立場があるのだなあ。と「実感」して

理解を深めることができるようになります。

その苦いショックな経験を積み重ねていくしか、

他人の立場をおもんばかるという性質は育ちません。

 

自分の人生が苦しい苦しいという人の話を聞くと、

やはり他人の立場をおもんばかる気持ちが希薄です

他者に対する依存と不満ばかりです。

現実社会の労働とは、洗濯板です。

自我を薄くせざるを得ないようなショックの連続です。

 

自分の生活を守る為に労働を継続する人は立派です。

家族の生活を守る為に労働を継続できる人は更に立派です。

そしてその自分の労働の中で、困っている人に思いやりを持てる人は、更に立派です。

そしてその厳しい生活の中でも、感謝すべきことを見出せる人は、更に立派です。

 

これが宇宙で一番の神業であります。